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日本海海戦

1 :名無しさん:2000/05/07(日) 14:58
素人の自分には日本海海戦における
東郷元帥と海軍がどれだけの勝利の収めたのかいまひとつピンときません
みんな口をそろえてすごいことだと言いますが、どれぐらいの偉業だったのですか?

2 :名無しさん:2000/05/07(日) 15:09
今風に考えると・・
アメリカ第7艦隊と台湾海軍の総戦力がぶつかって
結果、アメリカ第7艦隊が全滅
台湾海軍は数隻に軽い被害を受けた程度・・・
ぐらいだろうかな

3 :>2:2000/05/07(日) 15:14
上手い!

4 :名無しさん:2000/05/07(日) 15:34
>1

海戦で、大艦隊同士が戦闘を行って片方が一方的に
撃滅されたってことが大きいよね。普通は状況が錯綜
するからうやむやに終わるのに。

隻数的に日本海海戦をしのぐ規模の海戦は、水上砲戦にしろ
空母戦にしろけっこう多いけど、日本海海戦ほど勝利が
目に見えてはっきりしているのは少ないんじゃないかな?
マリアナ沖とかだと沈んだフネの数が少ないからね。

5 :名無しさん:2000/05/07(日) 15:49
いや、もっと凄いです。
日本海海戦の前の黄海海戦で、ロシア帝国太平洋艦隊を実質上壊滅させているわけだから、米太平洋艦隊を打ち破ったあと、大西洋艦隊も打ち破った。くらいだよね。

日本海海戦では日本側の戦艦が四隻、ロシア側が八隻(老朽艦も入っていたけど、日本のどの戦艦より新造で強力な戦艦が確か三隻入っていたはず)という戦力差で、日本艦隊は水雷艇を数隻失っただけで相手をほとんど撃沈するか捕獲と言う圧倒的勝利。
むしろ、こんな信じられないほど圧倒的な形で勝たなければその後の対英対米関係ももっと良かったのではないかとすら贅沢なことを考えてしまうほどです。
この異常な運が(運だけでは無いけど)ミッドウェーやレイテ湾に回っていたらとか考えてしまいます。



6 :>:2000/05/07(日) 15:59
歴史的意義はとても大きいと思います。良くも悪くも。

しかし、戦術的な面から見るとロシア海軍の劣悪な面ばかりしか
浮かんできませんので、そんなにすごいことではないでしょう。



7 :名無しさん:2000/05/07(日) 16:06
勝利は必然。あの撃破数被害数は驚異。
というべきか。
全滅、みたいないい方されてるけど結構生き残って逃げられた。
ただその後生き残りが艦隊現存主義に切り替えたので貼りつけ
がうっとうしい以外あまり害はなかったけどね。

結果:戦術的に大勝利、戦略的に完全に目的達成。

8 :名無しさん:2000/05/07(日) 17:17
>7

太平洋第二艦隊(バルチック艦隊)の損害率って85%ぐらい
じゃなかったっけ? 撃沈に降伏や拿捕含めて。

逃げ延びた連中もドイツ領だったかに逃げ込んだから
武装解除されて講和まで軟禁だし。ウラジオストックに
逃げ込めた(作戦目的を達成した)のは巡洋艦以下三隻
程度だったと思うけど・・・違ったかな(うろおぼえ)

9 :名無しさん:2000/05/07(日) 18:20
敵艦隊を「洋上で降伏させた」ってのは空前絶後なんじゃないの?
(近代以降の話だけど)

10 :8サン:2000/05/08(月) 04:26
逃げ込めたのは3000トン級のヨット改造巡洋艦アルマーズ、駆逐艦グローズヌイ、
他駆逐艦,運送船各1隻です。

11 :>9:2000/05/08(月) 07:48
フェニキア人の時代までさかのぼっても珍しいだろう。

12 :外交面からも:2000/05/08(月) 08:58
1,英とくむことで、スエズ使用不可、インド以東のロシア艦隊基地を確保出来なくした。
2,帝政ロシアの政情不安

運も良い。

13 :名無しさん:2000/05/08(月) 09:12
>12
1・2を「運も良い」と解釈するのは視野が狭すぎる。


14 :名無しさん:2000/05/08(月) 09:57
偉業を成し遂げた事は認めるが、
あれで東郷さんと海軍がおかしくなった。
元帥府に列せられた為に終身現役だった東郷大将は、
良くも悪くもその後の海軍に影響を残した。
どんな組織にも言える事だが、
偉大な先人の引き際って難しいね。

余談だけども、旧海軍が詰襟タイプの制服に拘ったのも
東郷さんが原因らしい。
各国がダブルのスーツタイプに切り替えていくなか、
それを検討していた旧海軍が東郷さんに打診したところ、
「日本海海戦では、その詰襟の軍服で戦って勝った」
と言ったとか。

海上自衛隊もその影響を受けているとしたら、
恐るべし、アドミラル東郷。


15 :>14:2000/05/08(月) 11:06
まぁ、言いたいことはわかる。
だたね、制服の襟の話は日本海海戦の偉業に比べたら、そんなことは
どうでもいいことじゃないか?



16 :名無しさん:2000/05/08(月) 17:03
>14

ボケた東郷を艦隊派が御神輿に利用したから
話がおかしくなったんだよな・・・

勝って兜の緒を締めよって言った本人が
日本海軍の勝利ゆえの慢心に一役買ってしまった
ことになる。

17 :14:2000/05/08(月) 18:06
>15
いやっ、言いたかったことは
16さんの発言と同じようなことです。


18 :名無しさん:2000/05/08(月) 19:07
大艦巨砲主義の弊害が後々まで
しぶとく残った事を考えると、大勝利も
考え物か..?

19 :名無しさん:2000/05/16(火) 12:07
もうすぐ、5月27日(日本海海戦の日)ですので
あげ

20 :>18:2000/05/16(火) 15:26
と言ったって
あそこで勝てなかったらそれっきりだったし・・
大艦巨砲主義から脱皮できなかったのは
後の世の軍人の責任。東郷さんは自分で新しい戦術
編み出したんだよ。

21 :名無しさん:2000/05/16(火) 15:29
山本権六は維新の時活躍した海軍士官
みんなクビにした。手柄をたてた士官たちの
反対もあっただろうに。

22 :名無しさん:2000/05/16(火) 17:12
↑山本「権六」…。

23 :匿名希望:2000/05/16(火) 17:30
>21
足して2で割っちゃいましたか。

まあ、それはともかく。
正規の海軍教育を受けていない、維新の生き残りを大量に予備役に
したのは、勝利の大きな要因ですよね。
東郷平八郎は、英国で海軍勤務の経験があったから免れたと。
まあ、ここまでは良く知られた話ですが、前々から疑問が。
第二艦隊司令長官の上村彦之丞や、第三艦隊司令長官の片岡七郎は
いわゆる「戊辰の生き残り」ではなかったんですか?
どなたか教えてください。

24 :名無しさん:2000/05/23(火) 07:08
日本海海戦って、日本側が煙の少ない新種の火薬を開発してて連射が可能だったから勝てたんでしょ。

25 :名無しさん:2000/05/23(火) 10:06
いや。ロシア艦隊の長征による疲労と、日本側の水雷艇(南雲さんって、
ここで活躍したんでしたっけ?)の活躍ってのが、主因ときいたが・・・。

26 :名無しさん:2000/05/23(火) 10:13
>24
色々な要因が合わさって勝った海戦です。
なにか一つの要因が勝利に決定的な作用を及ぼした訳ではありません。


27 :ぅへほ(漢字魔先生御免なさい):2000/05/23(火) 19:33
 たしか、ロシアの元水兵が書いた”ツシマ”という小説もいいテキストだと思うぞ。
 ロシア側が戦う前から負けていた状況がよく分かる。

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